おかあちゃんはディレクター Vol.22 「はじまりの9m」



カテゴリー:おかぁちゃんはディレクター
2016.9.15.(木)

 17日間にわたって205の国と地域の選手が、28競技306種目で力を発揮したリオデジャネイロ五輪。深夜の生中継に釘付けとなり、睡眠不足で翌日はいつも以上にぽけ〜っとなった。そんな目の離せなかったリオ五輪が閉幕した。
 今大会の女子レスリングでは、全6階級を至学館大学の学生とOGが独占した。その中の2人、4連覇のかかった53kg級の吉田沙保里選手と69kg級の土性沙羅選手は三重県出身で、地元の期待も大きかった。表彰台に上がった彼女たちの表情は、泣きはらした顔と満面の笑みという対照的なものではあったが、素晴らしい結果を日本にもたらしてくれた。

 私が土性選手と初めて会ったのは、彼女がレスリングを始めた小学2年の頃だ。吉田選手の実家でもある一志ジュニアレスリング教室に通い、今は亡き吉田選手の父、栄勝さんからレスリングを教わっていた。吉田家の一部を改装した小さな部屋には、一面にマットが敷かれ、毎日、幼い子ども達が汗を流していた。報道制作へ配属になったばかりの私は、「三重のスポーツ」というコーナーを任され、毎週水曜日の生放送のため、ネタ探しに必死になっていた。そんな時に吉田選手のことを知り、厳しくも優しい吉田一家と知り合った。カメラを回す後ろで、涙を溜めながらぐっと唇を噛んで練習をする色白の少女。それが土性選手だった。
 中学生だった吉田選手と小学校低学年だった土性選手。女子レスリングが、まだ五輪の正式種目にはなっていなかった時代にもかかわらず、2人の夢は「オリンピックで金メダルをとること」だった。監督の栄勝さんも「将来、必ず五輪の種目になる。今は練習あるのみ」と五輪での活躍に胸を膨らませていた。

 1年のうちに練習を休む日は、一体、何日あったのだろう。幼い頃は、熱もよく出したであろう。遠足や運動会など、楽しい行事の前日などは、練習どころではなかっただろう。友達とも遊べない、アニメも見ることが出来ない。幼い少女たちには、きっと辛い毎日だったろうと想像する。それでも二人の少女は、レスリングをやめなかった。
 そして、大人になった2人は金メダルを獲得した。小さな町の小さな道場から、2人の金メダリストが誕生したのだ。

 今大会前、大学で練習中の2人を取材した。吉田選手は「沙羅と2人で金メダルをとってくる」と話してくれた。「憧れの沙保里さんと一緒に五輪に出られるのが嬉しい」と土性選手は話してくれた。
 2人のメダルは、銀と金という異なる色になった。表彰台での表情も違った。しかし、日本の女子レスリング界に、また一つ新たな歴史を刻んだことに間違いはない。2人は振り返る。「レスリングをやめなくて良かった」と。汗と涙を流した以上の結果を彼女たちは得たのだろう。
 直径9mのマットから始まった物語は、まだ序章が始まったばかり。少女から大人へ、そしてまた新たな道へと歩み出した2人に、これからも注目していきたい。
記事URL | 投稿者:深田和恵|コメント(0)