木曽から伊勢へ 誇りとともに


一色 克美
2017.11.10.(金)

「ヒノキの美しさと、木曽人の誇りが込められているんです」 その人は胸を張って答えた。

10月28日と30日、長野県と岐阜県にまたがる木曽の国有林で、伊勢神宮の社殿の建て替えに使われるヒノキの御用材が伐採された。
ん?伊勢神宮の社殿の建て替え? 20年に一度、社殿をすべて建て替える伊勢神宮の式年遷宮は、神様の引っ越しにあたる遷御の儀も4年前に行われ、すでに別宮の造営も終わっている。次の遷宮が予定されるのは、まだ、16年も先の話だ。

だが、実は、もう次の遷宮を見据えた取り組みは始まっている。それが、今回、木曽谷で行われた御用材の伐採「斧入れ式」だ。木曽谷は、鎌倉時代以降、社殿建て替えのヒノキの供給地で、今回の遷宮でも約1万本のヒノキが伐り出され、伊勢へと運ばれた。
長野県上松町では、10月28日に樹齢300年のヒノキを、斧を使って伐採する、伝統の「三つ紐伐り」という方法で伐り倒された。そして、文化の日には、化粧を施された御用材が町内を練り歩く「お木曳」が行われ、町民300人余りが参加した。
一方、山を挟んだ岐阜県中津川市の付知・加子母の天然林でも、30日に樹齢100年のヒノキが地元の杣夫によって伐り倒された。会場には、地元の中学生も招待され、地場産業である林業について学んだ。こちらでも山の神様をまつる護山神社で「お木曳」が行われた。
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冒頭の言葉は、上松町でお木曳の木遣り音頭を歌っている男性が話していた内容。木遣り歌には、木曽の山々を眺めて育った自慢のヒノキが伊勢神宮の宮柱となる喜びと伊勢への道中の無事が歌われている。裏木曽と呼ばれる岐阜県側の木遣り歌も節回しや歌詞は違うものの、御用材を育てる誇りを歌う点は共通している。
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木曽の人々は、早くも式年遷宮に向け気を引き締めているが、実は斧入れ式は、式年遷宮の公式行事ではない。遷宮の日程は天皇陛下が定めることになっていて、その御治定が出されるのは、まだ先になるからだ。しかし、一度の遷宮に必要な御用材は膨大な量に上るため、準備は御治定に先駆けて抜かりなく行わなければいけない。
木曽の山では、遷宮行事がはじまると「御杣始祭」が営まれ、今回よりも太い樹齢400年を超える木を伐ることになっている。当然、行事の間隔は20年ということになるが、伝統の伐採方法を受け継ぐには長すぎる期間といえる。地元の杣夫にとって、斧入れ式は技術を継承するための重要な場になっているのだ。
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今回、斧入れ式とお木曳を取材する中で、何度も聞かされたのが「木曽人の思いを三重県の人たちに伝えてほしい」という言葉だった。そんな木曽谷での出来事と木遣り歌に込められた思いを、11月14日の「三重テレビニュースウィズ」で紹介する。
伐り出された御用材の最初の1本は、まもなく、木曽人の誇りとともに伊勢神宮に届けられる。次の式年遷宮まで16年。2020TOKYOよりも2033ISEへと盛り上がる木曽の様子をお伝えできればと思う。
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